○修二会中を通して毎日行われる行法

 六時:六時とは一日を日中から夜明けまでを六つの時に分けたもので、日中、日没(もつ)、初夜、半夜、後夜、晨朝(じんじょう)と呼ばれるものです。六時それぞれに悔過作法(これらをまとめて単に「時」とも呼ぶ)が勤められ、さらにその間に様々な法要や行事、作法が組み込まれています。

お松明

 練行衆は正午になると食堂(じきどう)において、 「食堂作法」として長い祈りの後に食事をとり、引き続いて二月堂本堂に上堂します。これ以降、日によっては翌日の午前四時ころにさえなる下堂の時まで、食事は勿論水を飲むことさえ禁ぜられます。

 上堂した練行衆は先ず掃除、準備をして日中・日没の「時」を勤め、例時の間と呼ばれる部屋で阿弥陀経を読誦し、内陣に戻り観音経を読誦、 初夜法要の準備をして下堂、湯屋にて入浴し、宿所にて休憩します。

 平日は午後七時に東大寺の大鐘がならされ、それを合図に「おたいまつ」が点火されます。おたいまつは合計十本ですが、そのそれぞれに練行衆が一人ずつ後ろについて二月堂本堂に上堂してゆきます。 即ち「おたいまつ」は上堂する練行衆の道明かりということになります。 練行衆は十一人いますが、処世界という役の者は先に上堂して掃除など準備をしているので、おたいまつは 十本となります。ただし、十二日は七時三十分から十一本、また十四日は六時三十分からたてつづけに十本の松明があがります。

 練行衆が上堂すると、初夜の行法としてまず「読経(法華音曲)」、初夜の「時」、「神名帳」、 「初夜大導師の祈り」、「初夜咒師作法」があり、引き続いて半夜の「時」、禮堂に出ての「法華懺法」が行われます。 ただし、五、六、七日及び十二、十三、十四日には「法華懺法」のかわりに「走り」が行われます。後夜になると後夜読経、後夜の「時」、「後夜大導師の祈り」、「後夜咒師作法」、さらに 晨朝の「時」が勤められ、その後童子の手松明の明かりを頼りに下堂して就寝します。下堂する時間は、日によりますが、午前一時から午前四時半頃までの間となります。


○修二会中、特定の日に行われる行法等

 毎日の日程とは別に行われる行法等を次にあげます。

お水取に下る練行衆
達陀(だったん)

一日: 午前一時頃、食堂で上七日(前半七日間)の「授戒」。上堂、内陣荘厳に引き続き、 開白と称してこの日だけ午前三時頃日中の「時」を勤めます。

五日: 日中の「時」の後、「数取り懺悔(さんげ:三千遍禮拝ともいいます)」。 初夜の初めに「実忠忌(修二会を始められたという実忠和尚の命日)」 の法要がいとなまれます。またこの日の初夜の「時」が終わって「神名帳」が読誦された後に、「過去帳」が読み上げられます。「青衣の女人(しょうえのにょにん)」の物語はこれにまつわるものです。

七日: 日中の「時」の後に「数取り懺悔」。日没の「時」の後で「小観音出御 (内陣後堂に安置されている小観音御厨子(みづし)が禮堂に出御)」の法要。小観音御厨子は後夜の「時」の間に再び内陣に運び込まれ、これ以降、内陣正面に安置されます。

八日: 食堂作法の前に下七日の「授戒」。

十二日: 日中の「時」終わって「数取り懺悔」。初夜大松明(籠松明;かごたいまつ、 十一本、午後七時半)にて上堂。初夜終わって「神名

帳」、その後に「過去帳」の読み上げ。 後夜の「時」の途中に咒師以下、二月堂下の若狭井に水を汲みに下ります。これを「お水取り」といいます。 後夜の「時」が終わって咒師作法の後「達陀(だったん)」の行法。

十三日: 後夜咒師作法の後、「達陀」。

十四日: 日中の「時」が終わって「数取り懺悔」。「しりつけたいまつ(午後六時半)」 後夜咒師作法の後、「達陀」。この日の晨朝の「時」のことを「名残(なごり)の晨朝」と呼びます。一旦下堂後「破壇」のため上堂。 以下十五日のこととみなして続けます。

十五日: 「破壇」に引き続き「涅槃講」、咒師の「神供」、大導師の「神所」、咒師の「護摩」などがあって下堂。仮眠して湯屋にて入浴、宿所にて昼食、 上堂して「四座講」、「開山堂参拝」、解散。

またこの日は「達陀(だったん)帽いただかせ」といって、達陀の行法で用いた金襴の帽子を 幼児にかぶせる行事が行われます。これをかぶせてもらうと災難を受けず、また 賢い子に育つといって、赤ん坊から幼稚園児くらいまでの子供をつれた人たちが 大勢二月堂にお参りをされます。


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