除夜の鐘

 東大寺鐘楼にて、元旦の午前0時より除夜の鐘(奈良太郎:奈良時代の大鐘)をつき始めます。はじめの一、二回は寺の者がつき、そのあとは一般の参拝者もつくことができます(無料)

 鐘が大きいので、先着順に8名づつ程の組になって綱をひくことになります(鐘木が約4.5mもあるので、これに8本の小綱を付けてそれをひいていただきます)。また、鐘は108回つきますので、800人余りの人が参加できますが、東大寺では人数分の記念の印刷物(整理券の代わり)を用意しており、この刷り物が配布し終わったところを順番待ちの行列の最後尾とします。なお、この整理券代わりの印刷物は、12月31日の午後11時頃に配布を始める予定(配布時間は人の出具合を見て決める為、前後する可能性有り)です。また、整理券を手に入れても、列から離れて終了後に戻ってきた人は撞くことが出来ません。


鐘の大きさ
東大寺の梵鐘は、総高3.86m、口径2.71m、重量26.3tあり、撞木はケヤキ造りで、長さ4.48m、直径30cm、重さ180kg、金具を入れると約200kgもあります。 大きな釣鐘であるところから古来東大寺では大鐘(おおがね)と呼んでいます。

鐘楼と大鐘
この大鐘をつっている鐘楼は、俊乗堂と念仏堂にはさまれた鐘楼ヶ丘と呼ばれる場所にに建っていますが、現在の建物は、重源上人のあとを継いで東大寺の大勧進となられた栄西(ようさい)禅師が鎌倉時代(承元年間・1207〜10)に再建したものです.
大鐘は天平勝宝4年(752年)に鋳造されたといわれますが、その後、延久2年(1070)10月と永長元年(1096)10月に地震のため墜落し、又延応元年(1239年)6月には龍頭が切れて転落しましたが、すぐに修理されたことが修理銘によって知られます。

東大寺の大鐘にまつわる伝説
今でも大鐘を撞く時は撞座の下を撞いていますが、鎌倉時代に力持の武将、朝比奈三郎が撞いたところ三日三晩鐘がなりやまなかったので、その後撞座の下を撞くようになったといわれています。


南都(奈良)八景のひとつ
東大寺の大鐘は、寛正6年に将軍足利義政について春日詣に来た僧蔭涼軒真蘂の日記、「蔭涼軒目録」に、南都八景(奈良八景)の第一として挙げられています。 ちなみに八景とは、「東大寺ノ鐘、春日埜ノ鹿、南円堂ノ藤、猿沢池ノ月、佐保川ノ蛍、雲居坂(くもいざか)ノ雨、轟橋(とどろきばし)ノ旅人、三笠山ノ雪」で、東大寺の鐘が南都八景の一つになっているのは、その姿の美しさもさることながら音色の美しさにもよるとおもわれます。



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