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重文 五刧思惟阿弥陀如来坐像

(勧進所 阿弥陀堂

僧形八幡神坐像一般開扉日(毎年10月5日)に、あわせて参拝できます。

木造 像高 106cm
鎌倉時代(13世紀)

 五刧思惟阿弥陀如来は、阿弥陀如来の異形のひとつで、経説によると四十八の大願を成就するために永い間、剃髪をすることもなく坐禅・思惟していたので、このような髪形になったといいます。劫とは永い時間を示す単位で、方四十里もある大磐石を百年に一度ずつ白氈で払って、その石がすりきれてなくなっても終わらない時間だといい、要するに永遠・無限をさすものと解してよいのでしょう。

 五刧思惟像の遺品はきわめてすくなく、この像のほか、東大寺の末寺五劫院の像、同じ勧進所の十数cmほどの小像のほか、奈良十輪院、京都大蓮寺、和歌山道成寺、京都西向寺、東京淨真寺などに見られるにすぎません。いずれも厚く覆いかぶさるような頭髪で、衣を両肩からつけて坐しています。その手は、十輪院像、大蓮寺像が本像と同じく合掌し、勧進所の小像や道成寺像が五劫院像のように定印を結ぶ手を袖のなかにかくしています。また、西向寺像や淨真寺像は定印の手を外に出しており、およそこの三つに大別されるようです。いずれも鎌倉時代以後、江戸時代に至る作であるとされます。

 顔だちは頬が張って四角く、扁平で、目鼻立ちが小さく中央に集っている感があり、通常の阿弥陀像と大きな差を見せています。寺伝では、重源上人が宋から将来したものといいますが、材は桧であり、おそらく日本で宋の彫刻などにならって、鎌倉時代につくられたものと推測されます。とすれば、この像の特異な面貌や一風変わった、重く、鈍い衣文表現なども理解されるでしょう。構造的に寄木造、玉眼使用の全盛期の作であるのに、彫眼であり、頭や体はもちろん膝まで一材から彫り出しており、膝が厚く小さいのも、それゆえかと思われます。

(僧形八幡神坐像一般開扉パンフレットより)


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